2006年05月09日

続報・熊

 おはやうございます。yulico です。

 熊の件、詳細。

 先日、フィールドに行った際のことです。

 基本的には、昨年やったフィールドの追加調査+追加サンプリングが目的。

 二時頃には、その日の目的の一つであるサンプリングはほぼ終了し、周辺の調査を始めていました。

 以下独白。

「確かに、はじめから嫌な感じがあったんですよ。なんて言うのかなぁ、空気?空気が違うっていうか……。もうちょっと、分析的に言うなら、去年よりも明らかにシカの足跡や糞が少なくなっている、とか、そういう感じね。しばらく調査を続けていると、割と新しめの熊の足跡は見つけてしまうし……。でも、その程度って、この分野の調査ではよくあること。大して気にも留めていなかったんですよ。まぁ、用心はしていましたけどね……」

 紫煙を吐き出す。

「でね、あれは、サンプリングを終えた頃かな。ふと、沢筋を下ってくる風の中に嗅ぎなれないにおいを感じたんだよね。生臭いというか、動物臭の腐ったような臭いと言うか……。そのとき思ったんですよ。『これがケモノ臭か』ってね。全身が、緊張で総毛立つのを感じたね。
 で、用心しながら、周囲の見通せる地点に移動して周囲を観察したんだ。その瞬間かなぁ……前方から聞こえてきたんだよ……うなり声が……」

 マグカップに冷めたコーヒーを一口含む。

「即座にそのうなり声の方向に視線を向けましたよ。そうしたら……いたんです。奴が。
 大きさは、それほどでもありませんでした。子供か、メスだったんじゃないでしょうか?とにかく、まだ、こちらには気づいていないようで、木にじゃれついていました。マーキングかなにかをしていたんでしょう。
 距離は……そうですね、50-60 m ほどだったでしょうか。自分のいる位置よりちょっと小高くなった場所にいました。そのときは、気が気じゃなかったですね(笑)
 しかし、その時は、意外とすぐに落ち着きを取り戻せました。こっちが先に姿を確認できたからでしょうね。後で聞いたんですが、プロの地質屋の先生が一番恐かった『熊との遭遇』は、明らかに直前まで居た痕跡があるのに姿が見当たらなかったとき、だってことですから……。
 とにかく、私は、相手に気取られないうちに死角に身を隠しました。そして、これまで一度も準備したことのないもの……つまり、こっち側の唯一の武器、熊スプレーの準備をしました。あの緊張感は、言葉にすることは難しいですね。難しいです。
 それから三十分ほどでしょうか……。ひたすら隠れ続けました。時々、熊の方を確認しながら……。
 その間、いろいろなことが頭をよぎりましたよ。これで死んだら、いつ頃捜索されるかな、調査に出ることは上に報告しているから、月曜か火曜頃に先生か同僚が不審に思って捜索隊を派遣するんだろうか……、とか。今となっては、笑って話せますが、その時の心情は推して察してください。
 三十分。そのくらいで熊は、何をすることもなく去って行きました。でも、怖かったので、その後、十分以上は動けませんでしたね。それくらい待って、ようやく動き出せました。後はもう、速やかにサンプルを回収しながら山を下りましたよ」

 何本目かのタバコに火を点け、紫煙を燻らす。

「そして……、ようやく林道にたどり着いた頃……、遥か後方からシカの断末魔のような悲鳴が森中に響き渡りました……。もう安全圏に来ていたので、ほっとするとともに、あの声を上げていたのが自分だったのかもしれない、と思うと膝の震えを押さえることは出来ませんでした」







 ……さて、ここに書いたのは、一切の脚色のない事実。
 文明、文化のある都市生活を享受している人には、永遠に無縁なことかもしれませんが、こういう人間も、また、居るのです。好むと好まざるに限らず、仕事でね。
 何にも経験しないで、自然保護だ、野生動物の保護だなんて、能書きを垂れる人間は多いです。都市生活にどっぷりと浸かりながら、ね。そういう奴に言ってやりたい。こういう経験をした後にも同じことが言えるか?と。言えるならいくらでも言ってくれて結構、僕は、何も言いません。でも、僕には、言えませんね、熊の保護をすべきなんて戯れ言。

 都市を形成して、森林を切り開いて、人間の生活圏を確保するのは、生存本能。本来、その時に、ほかの動物は排除されるべき存在であるはず。そんなのは、人間だけがやっている訳ではなくて、どの生物も同じであって、逆に言えば、人間がほかの動物を滅ぼす権利があってしかるべきではないのか、と本気で思う訳です。
posted by yulico at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | にっき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする