2009年03月15日

機能形態屋はかたちを見ない

こんにちわ.yulico です.

最近好んで書いている話題に「形を見ること」があります.これとかこれです.そんなで,「機能形態学」に関して話題を振っておきながら同僚に丸投げしていたのですが,それも酷い話だと思うので少しだけ私見を述べさせてもらおうかなー,と思います.……とはいえ,機能形態に関してはド素人に毛が生えただけの身,かつ.あんまり興味がないので,僕の言うことをあんまり鵜呑みにしない方が良いと思います.

あと,機能形態学と言うと,通常は現生の生き物を対象とする分子生物学に適用する用語ですが(レセプターのタンパクの形状がどうのこうの,とか),ここで扱うのは古生物学における,もっとゆるーい意味での「機能形態」の話です.基本的な概念はあんまり変わりませんが,厳密な意味で機能と形態の議論をしている生物屋さんにはちゃんちゃら可笑しい話にしかならないと思うので,言い訳として書いておきます.

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結構多くの人が勘違いをしているのは「機能と形態に相関がある」という言葉だと思います.

語弊を恐れずに言うのであれば,機能と形態には相関はありません

「機能と形態に相関がある」という言葉を,正確に言い換えると「特定の機能に必要な器官は物理的なパラメータを考慮すると特定の形態に収斂することもある(し,しないこともある)」という風になるでしょうか?「物理的な諸パラメータに形態は制約される(し,淘汰圧を受けて自然選択を被る)」と言い換えても良いと思います.

古生物学屋というか(古生物の)機能形態屋がよく例に出すのは,遊泳体の進化における形態の収斂の話でしょうか.要は,魚類だろうが,鯨だろうが,魚竜だろうが,海トカゲだろうが,(ある程度)高速で遊泳するものは体の外形が流線型になっている,という例です.

我々は,このように,魚類,ほ乳類,爬虫類……と系統的に異なる背景を持っている生き物が,同様の生物学的地位にいるとき似たような形態を獲得した,という現象を指して「収斂した」と言います.そして,その収斂が遊泳に適応した結果である,と解釈するわけです.つまり,水中で泳ぐ生活と言う「生物学的地位」に至り,流線型という「形態」を獲得したことは「収斂した」ということです.

では,何故収斂したのか?

この疑問に対して機能形態屋は「(一般的に)遊泳時に抵抗を受けにくい形態が自然選択された」と回答するでしょう.

……という解説を聞いて「なるほどー」とへぇボタン(または加虐趣味的傾向をお持ちでかつ二次元に抵抗のないお客様はこちらでしょうか?)を押されると,実は困るのです(表現が古いのは仕様です.だって,これが流行ってた頃くらいまでしかテレビを見てないんだもん).

こういう説明をしたがるくせに,実際の機能形態屋が考えていることは,こうではありません.

「実際に,化石の形がどうであれ流線型は物理的に速度を出すのに適しているよね.え?化石もそういう外形しているの?じゃあ,それで良いじゃん」

……というのが,おそらく本音です.

機能形態屋にとっては,化石記録(形)は物理的なデータに即するか即していないか(自分のモデルが合っているか,合っていないか),の判断基準でしかないのです.言い換えれば「無限の物理モデルから(特定の機能にとって)都合のいいものを選び出して,そのうち,実際の化石記録と整合性の取れたものが,比較的モデルとしてマシなんじゃないの?」という思想なわけです.

多くの機能形態屋もどきの素人は「こんな化石が出た」という事実からスタートして,「こういう機能を持っていたに違いない」という論法を使います(例えば,角竜には立派な角が生えていたから,これは攻撃に使ったに違いない,という考え方).でも,本職の機能形態屋に言わせれば,そもそも「何らかの特殊な形態」に依存してスタートする議論そのものがスペシフィックで,ナンセンスなものなわけです.なぜなら,形からは無限の機能が考え得るからです(例えば,「手」と明らかに分かる化石が出た場合,その機能に制限がつくでしょうか?「手」で攻撃することも,「手のひら」で仰いで涼をとることも,コミュニュケーションのひとつとして性的ディスプレイになることもあるかもしれません(あくまで一般論であって別に特定の人を批判してはいませんよ?たぶん……).当然,指の構造さえ許せばものを掴むこともできるでしょう).

それでは機能形態屋が何を考えているのか(自分は機能形態屋じゃないので,真実は知りませんが,端から見て何を考えているようにみえるか)というと,「とある物理場に制限を加えるために『ある形をもとにした何か』を投入して,それが,その物理場にどんな変化を及ぼしたのか?」ということのように思います(みえます).

つまり,ものを見ているわけではなくて,「もの」をぶち込んだときの観測値の変化を見ているわけです.そして,その「もの」というのは,化石記録をもとにしていることもあれば,パラメータの変化による観測値の変化を見るための,この世の中に存在しない概念上の「もの」であることもあります.

(実際はともかく一般人の抱く夢や妄想(笑)からすると)ひどい機能形態屋になると,「こんな結果が出たから,こういう形してるんじゃないの?化石記録で見たことないけど」くらいのことは平気で言うでしょう.でも,それが機能形態と言う学問です(多分,この辺は生物屋のガチな機能形態屋でも一緒のはず).

つまり,タイトルにもしたとおり「機能形態屋はかたちを見ない」ということです.

……うん.あとは本職に頼んだ!(結局,丸投げ)

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追記.

誤解しないでもらいたいのは,本当の意味で「形を見ない」のではなく,物事を検討するときに「実物」の形は議論に関係ない,ということ.なぜなら,その「実物」は古生物を扱う限り「不完全」だから.不完全なものをいくら見ても,完全なものにならないのだから(この理屈が分からない人は不定値3つの2連立方程式が解ける天才に違いない),そんなものは「概念」程度に捉えて, (言葉は悪いけど)適当な「かたち」をモデルにぶち込んで,正確ではない実測値を論じる方が発展的なんじゃないの?という考え方なわけです.そして,この正確ではない実測値と言うのが肝で……,という話は,個人的な妄想で,本題には関係ない上,追記にしては長くなるから,いずれまた別な機会に……(簡単に言うと,出てくる実測値が正確ではないことが分かっているなら,はじめからモデルを都合よく作ってやると,これまでの全生物を対照にすれば正確ではないかもしれない,ひとつの「概念上の生物」について正確な物理データが揃うと言うことでして……もにょもにょ).

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追記した記事
「機能形態屋はかたちをみない」
「暴投に返信きた」
「予定は未定」
posted by yulico at 23:40| Comment(0) | TrackBack(0) | おべんきょう | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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