2009年04月21日

女生徒

おはようございます.yulico です.

今日は,一人で朝マックだったので,コーヒーをちびちびと啜りながら,読書と洒落込んでみました.なんか,朝のカフェで読書とか言うと高尚な感じがして素敵な紳士になった気分にひたれます.まぁ,マックだがな!!

閑話休題.

今日読んだのは,太宰の「女生徒」です.

先日,mixi の某太宰関係のコミュニティーで「『女生徒』を読んだ女の人の感想が聞きたい」という,(いわば)無粋なトピックが立っていたのを思い出して,久し振りに,「女生徒」を読み直してみたくなったからです.

実は,正直,「女生徒」は,太宰好きを自称する僕の中でも微妙な扱いの作品です.正確にいうと,どう位置づけていいのかよくわからないのです.

こういう感覚は,例えば「桜の園」の映画(当然 1990 版です)をみたときの感覚に近い気がします.自分は幸か不幸か,男に生まれて四半世紀生きてきたので,女子,特に思春期の女子特有の感覚が一切解らないのですが,こういう小説を読むと,それを変に追体験する,というか,覗き見てしまったような気まずさ,というか……,とにかく,作品に対する冷静な鑑賞者になれなくなってしまう感覚,と言えば,解るでしょうか,そういう状態に陥ってしまうのです.

太宰で,しかも,同様に女性独白体で書かれた「斜陽」は,形式が同じ女性独白体なだけで,実際には四人の登場人物の物語なので全くそういう印象は持たないのですが,「女生徒」は,(リアル思春期女子の日記から構想されているせいか)妙に生々しく,そういう感覚に陥ってしまいます.そんなわけで,苦手,というわけではないのですが,積極的に触れたくない,(逆に言うと)「夢」を壊したくない,という気がしてしまうのです.

だから,mixi のトピックがたったときも「女性の感想を知りたがるのは無粋」なんて思いながら,覗いて女性の感覚を聞いてみたいような気がしたり,それをしたら,あの作品を読んだときの妙な感覚が,すべてが虚無に帰ってしまいそうで怖いような気がしたりして,結局,覗くことが出来ませんでした(ええ,ヘタレですよ).

そんなことが数日前にあったばっかりなので,(ここまでの流れで解っていただけたと思いますが,当然,積極的に読みたい作品ではないので)久し振りに,「女生徒」を読み返してみる気になったのでした.

おそらく,高校時代以来です.

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久し振りに読み返してみると,相変わらず,ねっとりと絡み付くような "例の感覚" はあるのだけど,幾分か冷静に読めている自分にも気付きました.多分,年を喰って,思春期の女の子なんかを,自分のいる世界の境界線の向こう側におけるようになったせいかな,とか思います.

冷静に読み返してみると,この小説の完成度の高さに驚きました.

元ネタの日記は読んだことがないのですが(そりゃあ,小説だけでも上記のような症状を呈するのですから当たり前です.生でアレを受けた日には……),伝聞によると,数ヶ月分の日記を,「少女の一日分の思索(意識の流れ,と言ってもいいかも知れない)」に編集しているらしいのですが,それがあまりに完璧すぎて,とても長期の日記を編集しているとは思えない,リアルな「一日」になっています(まぁ,逆に言えばこんな完璧な一日こそが有り得ないわけだから,それこそ編集した証拠なのですが……).(うら若き踊り子に,書生へ向かって全裸で手を振らせたことに定評のある)川端康成が絶賛したのも,頷ける話です.

しかし,相変わらず,ざくざくと心に突き刺さるような,じっとりと妙な気分にさせてくれる言葉には参りました.

具体的に例を挙げると,特に今回,いちばん心に刺さったのは,

「先生は,私の下着に,薔薇の花の刺繍があることさえ,知らない」

……でしょうか?

なんだかよく解らないのですが,ボーヴォワールをいくら読んでもまったく解らなかった「女性性」を間違って覗き見してしまったような,もの凄い劣情を抱いてしまいます…….

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僕の太宰の描く女性の中での最萌えキャラは,「斜陽」に出てくる,かず子に「あなたは更級日記の少女なのね」「ご無事で.もし,これが永遠の別れなら,永遠に,ご無事で.バイロン」と言い放った,女学校時代の友人です.

これまで,この子に匹敵する女の子は,太宰作品にはいないと信じていました.

しかし,今回,久し振りに「女生徒」を読んで,

ずーっと,主人公の女の子を,そんな対象として読んでいなかったはずなのに,

「おやすみなさい.私は,王子様のいないシンデレラ姫.あたし,東京の,どこにいるか,ごぞんじですか?もう,ふたたびお目にかかりません.」

……という,最後の段落を読んだ瞬間に,「ずっと主人公の女の子に恋していて,そんな恋に破れたかのような錯覚」をしてしまうほどの心的カタルシスを得ました…….これって男の読者限定なのかな?

このカタルシスは,「斜陽」の「直治の遺書」に出てきた「僕は美しい姉と母が自慢でした」の瞬間に訪れるすべての「思い込み」の大逆転と並ぶ,太宰文学の最凶シーンなのではないか,と思います.

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なんか,読み返してみると,あんなに「無粋」と思っていた例のトピックをたてた男の人の気持ちがわかる気がします…….僕は,むしろ,太宰が好きな女の人ではなくて,太宰に一切興味のない女の人の感想を聞いてみたいですが…….
posted by yulico at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | うつうつyulico 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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