今日は,自分の目が覚めた話.
昨夜,いつもの同僚と自分たちのやっている地域の地質について雑談以上,ディスカッション未満な話をしていたんですが,そのときに,広域の地形図を見ながら地質ユニットの広がりを話していたら,ふと,北海道(日本)の構造発達史が急に解った.
いや,一応はそういう分野のお勉強はしていたんで,論文から得た文字情報を生のまま脳内には溜め込んでいたんですが,それが,急に自分の中で理論として形成出来た,って言う感じです.
んで,そうやって,すべてを見通せる理屈が頭に出来上がると,(誇張ではなく)急に目の前が開けたように,師匠や指導教官の言っていた「言葉」の数々が解るようになってきたという…….やっぱり,文字情報を知っている,という段階と咀嚼して自分の言葉でも言い換えられるようになる,という段階の間には大きなギャップがあるんだなぁ……と.
しかし,そうやって自分が一つの丘の上に登って,さっきまで自分が立っていた地点をみると,あんな世界で「なにか」を解ったつもりになっていたついさっきまでの過去の自分が情けなくて仕方がなくなります…….馬鹿だったなぁ……と.そして,丘の上に来てから周りの風景を見渡すと,これでようやく地質屋という人種のスタートラインに並んだだけだということにも気付くわけです…….それこそ,こんな視点は,昭和のメモワールな人々も持っていた,基本概念だったんだ…….
しかし,本当に,このブレークスルーが修論提出前,論文(卒論)投稿前にあってよかった…….これで,この理解がもっと後だったら,気付いたとき確実に自殺してたな……恥ずかしすぎて…….